望潮亭通信

無常なる世界を見るは楽しかり





太陽に焼かれる

 太陽系が誕生した45億年前ころの氷と岩でできているというアイソン彗星は2013年、太陽に近づきすぎたのか、粉々になって消滅してしまった。太陽系の外側から100万年かけて、ようやく太陽に接近したというのに、アイソン彗星は太陽の熱により溶かされ崩壊した。

 無事だったならアイソン彗星は、太陽をぐるっと回って再び太陽系の外側へと向かう旅を始め、12月には、肉眼で見えるほどの長い尾を引く姿を見せてくれると期待されていた。そんな彗星はなかなか見ることができないので、がっかりした人も多いだろう。

  アイソン彗星が人類に発見されたのは2012年9月で、木星の軌道よりも外側にいたころだった。そこから1年以上かけて、火星や地球の軌道を越えて太陽に最接近した。45億年間も、この太陽系近くに存在し続けていた物体が崩壊してしまったのは惜しいという気がするが、宇宙空間では珍しいことではないだろうな。

 どうしてアイソン彗星は、太陽系の外側から太陽めがけて長い旅を始めたのか。擬人的に言うなら、死出の旅になったのに。アイソン彗星は周期的な軌道をたどる彗星ではなく、ただ一度だけ太陽に近づいて、太陽の近くをぐるっと回って遠ざかるだけ。遠くにいた時に太陽の引力で引き寄せられたものではないだろう。

 おそらく太陽系の外側にはアイソン彗星同様の氷の塊が無数にあって、てんでに動いていて、たまたま近づいた氷の塊どうしが引力を及ぼし合って軌道を変えたり、衝突して弾かれて軌道を変えたりする。そんな軌道がたまたま太陽へ向かう道筋と一致していたのがアイソン彗星なのだろう。100万年もの間、アイソン彗星は太陽系の外から旅を続けて、太陽へと近づいた。

 太陽に近づきすぎて崩壊したアイソン彗星を、ギリシア神話イカロスに例える見方は珍しくなかった。父親とともに塔に幽閉されていたイカロスは、鳥の羽を鑞で固めた翼を背につけて塔から飛び立って逃げたが、中空を飛べとの父親の注意を忘れ、天高く飛んだイカロスは、太陽の熱で蝋が溶けて、海に墜落してしまった。

 イカロスもアイソン彗星も太陽に近づきすぎた。アイソン彗星ほど太陽に近づくことができる探査衛星があったなら、黒点の数がめっきり少なくなり、極性の反転に異常が起きているという太陽の現状をもっと知ることができるのだが、数千度という環境でも平常に機能する探査衛星はまだない。