望潮亭通信

無常なる世界を見るは楽しかり

カメラ市場の縮小

 インターネット上には人々が世界中で撮った写真があふれている。そのほとんどは、おそらくスマホなどで撮って投稿したものだろう。スマホのカメラは機能アップを続け、わざわざデジタルカメラを買う必要はなくなった。かつてデジカメの国内出荷台数は1億2千万台を超えたが、2020年は1167万台と10分の1以下に縮小する見通しだ。

 低価格〜中価格のデジカメはスマホに駆逐され、残るのはレンズ交換ができる一眼レフタイプだけか。写真を撮ることを趣味とする人たちが買う高機能のカメラとレンズ群だけは生き残るとしても、売れる数量は限られるから、高価にならざるを得ない。すでに各社のレンズ交換ができるデジカメは20万円台になり、上位機種は50万円台、60万円台が珍しくない。

 写真がフィルムからデジタルデータに移行したことで、ソフトによる加工が簡単になった。ピントや露出はカメラ任せで、構図が平凡だったり奇妙だったとしても、後からソフトでどうにでも修正できる時代になった。後からソフトで修正することが高度化すれば、写真を撮るという行為は素材のデータを集めることでしかなくなる。

 修正や加工が当たり前になると、独裁国家などで権力交代のたびに過去の集合写真をこっそり修正して粛清された人物を消したように、写真は個人が容認した「事実」だけを伝えるものになる。だから人々は世界中で写真を撮り、その中から厳選して(さらに修正・加工して)インターネットに投稿し、「いいね」を集めて満足する。写真が真実を伝えるとの言葉はもう誰も信じないだろうな。

 縮小するデジカメ市場でソニーの存在感が大きくなった。高級機にもミラーレスが増え、いち早く機種を揃えたソニーが優位に立った。2019年には世界のミラーレス機の生産台数の4割超を占めるほどソニーはシェアを拡大したが、ミラーレス機種の市場投入が遅れたニコンはデジカメなど映像事業で2020年3月期は171億円の赤字。市場動向を見誤り、販売不振に陥った。商品戦略を誤るとたちまち市場を失う典型例だ。

 ミラーレス機を揃えていても安泰ではないと示したのがオリンパスのカメラ事業の売却だ。オリンパスは早くからミラーレス機を投入、評価は高かったが、シェアを伸ばすことはできなかった。縮小するデジカメ市場でミラーレス機が主力になった状況でソニーが伸び、キャノンが追う。市場の縮小が続くなら、オリンパスに続いて事業継続を諦める企業が出てくるだろう。カメラの名門ニコンだって顧客に選ばれなくなれば事業を続けることは簡単ではない。

 スマホの普及で、写真を撮ることは誰にでもできる簡単な行為になった。写真を撮る専用機であるカメラの必要性は乏しくなり、オーディオ趣味と同様にカメラも一部のマニア向けの小さな市場に向けて細々と高価な機種を売る商売になる。立派なオーディオがなくてもイヤホンで音楽を楽しみ、カメラがなくても写真を撮って楽しむ時代になった。音楽を楽しむ人も写真を楽しむ人も世界での総数は格段に増えたであろうから、技術の進歩の恩恵と理解すべきか。