望潮亭通信

無常なる世界を見るは楽しかり

中国は勝利したか

 中国国内では、新型コロナウイルスに勝利したとのイメージが広がっているという。公式発表では感染者数は約8万3千人、死者は4600人台だから、いくら総人口が多いとはいえ、少ないとはいえない数字だ。勝利したとの実感を持つ人は、おそらく感染者や死者が身近にいない人たちだろう。

 勝利したとのイメージは自然に生じたものではない。中央政府が「新型コロナに勝利した中国」との宣伝を中国国内のメディアを使って始めた。国内メディアしか情報源がない大半の中国人は、中央政府の宣伝を事実だと受け止め、外出制限などの緩和や経済活動の再開もあって、新型コロナに勝利して「日常」を取り戻したとの実感を持っただろう。

 欧米などの感染拡大の実態が中国国内でどれほど報じられているのか詳らかではないが、米国では感染者が150万人、死者が9万人をそれぞれ超え、欧州の主要国では感染者が20万人前後、死者が3万人前後という惨状だ。それを知った中国人なら、勝利した中国とのイメージに欧米に対する優越感を加味して誇らしく思うかもしれない。

 勝利したとのイメージを中国政府が広めるのは、初期対応に失敗して少なからぬ犠牲者を出した政府に対する人々の批判を封じる狙いもあるだろう。共産党独裁支配が強固だとはいえ、感染の拡大が続き、死者数が増える一方で自宅に閉じこもることを強制されて中国の人々の政府への信用・信頼は揺らいだだろうから、対策が必要となった。

 中国国内の経済活動停止と欧米で続く経済活動停止で、欧米などへの輸出主導で成長を続けてきた中国経済は大きなダメージを受け、先の見通しはつかない。経済成長で独裁支配を正当化してきた中国政府にとって、経済成長の鈍化は容認できまいが、統計数字を操作して繕うことは今回は限定される。勝利した強国とのイメージで統制の強化を図るしかなかった。

 国境を越える移動が世界で制限され、国家内に人々は閉じ込められた。中国のように国家による情報操作が行われて、体制批判などが許されない国で人々は自国賛美や愛国主義に誘導される。外国の情報が対外的な敵意を高めたり自国の優位を示すために活用されるだけなら、国家内に閉じ込められて生きる人々には自国ファーストがさらに広がるかもしれない。

 多くの国でも人々は国家内に閉じ込められたが、自国政府を含め批判する自由があり、情報は制限されない。欧米などでは感染が終息に向かえば、自国政府の対応に対する検証が行われ、多数の死者が出たのだから検証結果には厳しい言葉が並び、勝利との言葉は使われないだろう。新型コロナに勝利した強国とのイメージを中国は対外的にも広げようとしているそうだが、すでに「感染源」とのイメージが定着している。