望潮亭通信

無常なる世界を見るは楽しかり

新しい音楽を試す

 音楽は、人間が創造する文化の中で最も簡単に国境を越えるものだろう。以前から欧米の歌手やバンドなどが世界的な人気を得て、発売された新譜が世界で大量に売れたが、最近では欧米以外の国からも世界で演奏活動を行う歌手やバンドなどが増えている。

 音楽は人間の情感に直接訴える力を持つので、理解できない外国語の歌でも受け入れることができ、新しい表現でも受け入れることができる(例えば、エレキギターを使ったロックンロールは多くの国の人々にとって全く新しい音楽だっただろうが、世界で受け入れられた)。

 一方で、若い人は内外の新しい音楽を積極的に受け入れるが、年齢を重ねるに連れて、いつしか音楽への関心が薄れる人も多いようだ。これは、仕事や家事、子育てなどで忙しくなり、音楽をゆっくり聴く時間や余裕を失うためだろう。そして、音楽から離れている間に世間では新しい歌手や流行が出現し、「取り残された」感も強くなってくる。

 フランスの音楽ストリーミング配信会社がイギリス人対象に行った調査によると、新しい音楽を試すことをしなくなるのは平均して30歳6カ月だという。また、新しい音楽を最も積極的に聴こうとするのは24歳だというから、英で音楽への関心が高まるのは、学生の頃ではなく仕事についてからということのようだ。

 新しい音楽を積極的に聞こうとしなくなっても、音楽から離れたわけではない人は、以前に聞いていた音楽を繰り返し聴く。それで十分に満足できるのならば、無理に新しい音楽を試す必要はなくなる。こうして、ますます新しい音楽を積極的に聞こうという関心が薄くなるのか。

 10代20代で積極的に音楽を聴き、平均30歳6カ月で新しい音楽を試すことをしなくなるのは、一生楽しむことができるだけの音楽を獲得したからとも解釈できる。年下の世代から「懐メロ趣味」などと揶揄されても、自分が楽しみ、満足できる音楽を獲得したとすれば、音楽で豊かになった人生といえよう。

 平均30歳6カ月には別の見方もある。30歳6カ月は、仕事や家事などで忙しくなる年齢であるとともに、新しい歌手などが年下であることが多くなる年齢でもある。新しい歌手などが子供っぽく見え始め、まともに向き合う気が失せたが、音楽への関心を失っていない人にはジャズやクラシックもある。蓄積された音源が膨大にあるのだから、当人にとっては新しい音楽ばかりとなる。