望潮亭通信

無常なる世界を見るは楽しかり

イヤホンの効用

 音楽を聴くことを好む人は多いが、音楽を聴くスタイルは大きく変わった。LPレコードを聴くためにはステレオなどの再生装置が必要だったが、カセットテープやCDの登場で小さなポータブル機器からイヤホンで聴くスタイルが普及、音源をダウンロードして聴くようになるとソフトウエアだけで再生できるので特別な装置は要らなくなった。

 スピーカーやアンプなどを自分で組み合わせて聴くのは以前から趣味の世界とみられていたが、スピーカーの前に座って音楽を聴くことも今では趣味性の強い聴き方になったのかもしれない。イヤホンで聴くことが広まり、電車などでの移動中や歩行中、運動中などに音楽などを聞いている人が増えた。

 イヤホンで聴くスタイルが広まったことで、音楽の聴き方はどう変わったか。第一に、いつでも、どこでも音楽を聴くことができるようになった。第二に、自分だけで聴くようになった。第三に、自分の好む音楽をBGM的に流すことが簡単になった。

 イヤホンで聞く時でも、BGM的にではなく音や音楽に集中して聞くこともできるが、歩行中や運動中にイヤホンから聞こえてくる音や音楽に集中するのは危険を伴う。音楽に集中したいなら、自宅などで座って聞くことになるだろう。

 音や音楽に集中することで、BGM的に聴き流していた時にはスルーしていた細かな音や音質の違い、歌唱や演奏の微妙な表現にも気がつくから、新しい魅力を発見するかもしれない。そうなると、例えばイヤホンでも再現能力が高い(=価格も高い)ものに代えると、さらにいい音になったりし、趣味の世界に進むことになる。

 いい音でなくても音楽の魅力が損なわれるわけではない。小さなトランジスタラジオでは音楽は中音部しか聞こえてこないが、それでも自分の好む音楽なら楽しむことができよう。「音楽ファンは音質に無頓着だ」との言があるが、立派な再生装置で、自分の好みではない音楽を聴かされても苦痛でしかないだろう。

 いい音で聴くと音楽の魅力が増すことは確かだが、ある程度の音量で聞かなければ細かで微妙な音や表現は浮かんでこない。住環境に制約があってもイヤホンなら音量を上げることができる。立派な再生装置を持っている友人はロック好きだが、家族から「うるさい」と苦情が出て最近はもっぱらイヤホンで聴いているという。これもイヤホンの効用だな。