ジャズ喫茶などで、眉間にしわを寄せて、難しそうな顔をして聴くのがジャズ通だというようなイメージが半世紀前にはあった。ちょうどモード奏法が広まり、一方ではフリージャズ的なアプローチをするミュージシャンが増えたりし、リズムに合わせて音楽を楽しむというより、演奏される音に集中して聴き入るスタイルが広まったのだろう。
あのころのミュージシャンは、即興演奏の可能性を拡大するために、様々なアプローチを行った。斬新で興味深い音楽が登場したりもしたが、そうした音楽のほとんどは主流になることもなく、残したレコードが過去の名盤扱いされるものが多少あるぐらいだ。
眉間にしわを寄せて聴いていたのは、当時の先端のジャズが難解だったからだ。難解とは、聴いて楽しさが即座に伝わるような音楽ではなく、音楽のよさを聞き手が“理解”しなければならないこと。ミュージシャンは高度な技法を駆使し、即興を試み、その表現と意図を聞き手は解釈して楽しむ……だから、音楽に現れたミュージシャンの「精神性」も批評の対象になったりした。
その後のジャズはリズム面でロックやファンクの影響を強く受けたが、21世紀の新しい表現を獲得したかどうかは、もう新しいジャズに関心が薄れて久しい当方には判断できない。ただ、即興演奏ということでは既に様々な試みが為されており、そう簡単に新しい表現は出てきそうにないなと、たまにジャズ喫茶で、細かな音を連ねるものの単調なモード奏法の新譜を聴かされたりすると痛感する。
一方でジャズは、小洒落た焼き鳥屋や居酒屋などでBGMとして流されるようになった。そこで使われるのは、眉間にしわを寄せて聴くようなジャズではなく、リズムに合わせて楽しむことができるようなタイプ。これは、ジャズが「出世」したのか、ムード音楽に編入されたのか定かではないが、そうしたBGMではミュージシャンの個性は必要とされない。飲食店の雰囲気づくりのジャズは、即興性を重視するジャズの否定か。
でも、昔のジャズはムード音楽でもあったかもしれないと気づかせてくれるのがCD3枚組「昭和ジャズ大全〜幻の名盤・秘蔵盤〜」だ。コロムビアが豊富な過去の音源から日本の戦後ジャズの軌跡を音でたどる企画ものだが、洗練された演奏が心地よい。ていねいに主旋律を奏で、各ミュージシャンのソロは抑制的だ。
当時もライブでは各ミュージシャンが思う存分に即興演奏していたのであろうが、レコーディングは収録時間が長くても3、4分とあってはアレンジ優先で仕上げるしかない。だから各自のソロはメーンではなく、うっかり聴くとジャズ風のムード音楽に聞こえないではない。が、延々とソロを聴かされることが普通になった現代の感覚からすると、妙な新鮮さを感じたりもする。
収録されているのは、レイモンド・コンデとゲイ・セプテット/中村八大モダン・トリオ/小野満トリオ/平岡精二クインテット/フランキー堺とシティ・スリッカーズ/鈴木章治とリズム・エース /北村英治とオール・スターズ/藤家虹ニ/松本英彦クインテット/渡辺貞夫&宮間利之とニュー・ハード/秋吉敏子/ジヨージ川口とビッグ・フォー/南里文雄&宮間利之とニュー・ハード/ウエスト・ライナーズ/美空ひばり&原信夫とシャープス・アンド・フラッツ。