望潮亭通信

無常なる世界を見るは楽しかり

三文役者の無責任放言録

 こんなコラムを2000年に書いていました。

 書店で文庫本のコーナーを見ていたら、壁の書棚の一角に、表紙を見せて殿山泰司の本が何冊か並べてあった。全く期待もせず手にとって開いたのが「三文役者の無責任放言録」(ちくま文庫)。あれ、こんな文章を書くのかと、適当に開いたページを読んで驚き、さらに別のページを適当に開いて走り読むと、どこを読んでも面白い。

 書かれた内容も面白いのだが、文章がいい。こういう風に書くことができたらと羨ましくなるような文章だ。決して美文ではないし、名文といえないものかもしれない。しかし、書き手の思いの細々としたところをストレートに読み手に伝える文章であり、独特のリズムもいい。そのリズムは、単に語調だけではなく、押したり引いたりのリズムでもある。

 この文章は芸である。文章だから文才がどうのこうのと言ったほうがいいのかもしれないが、文章だけにとどまらない芸が書かせたものである。

 独り漫談の文章といってもいい。笑わせることが目的の漫談ではなく、最初にテーマを設定し、それを巡っての思考の拡散していく様子が楽しい。まるで、ほろ酔いの殿山泰司の話しっ振りを聞いているかのような気になる。苦笑しつつも、「そうだよな、さあ一杯」と言いたくなるような文章だ。

 別の例えをするなら、独りジャムセッションだな。こちらのほうが、ジャズが好きだったという殿山泰司の気に入るかもしれない。打々発止のジャムではなく、合間にウイスキーをちびちび呑みながら、ブルースコードで延々と続き、互いのプレーに盛り上がるタイプのジャムだ。

 例として幾つか引用しようと考えたが、止めた。29のエッセイで構成されており、どれも独特の味がそれぞれあっていいのだが、中でも「河原林の<悪党>」というのが印象深い。酔っ払いの意気、気分、自己嫌悪などが表現されている。