望潮亭通信

無常なる世界を見るは楽しかり

エバンジェリカル

 今年の選挙で勝利し、大統領に返り咲く可能性があるとされる共和党のトランプ氏は保守層に支持されているとされ、中でも影響力が強いとされるのがキリスト教プロテスタント福音派エバンジェリカル=Evangelical)だ。2017年に当時のトランプ大統領エルサレムイスラエルの首都と公式に認め、米国大使館を移したのはエバンジェリカル向けのアピールだったという。

 報道によると、エバンジェリカルは聖書には神の言葉が書かれていると信じる人々で、米国では人口の約25%(うち白人が8割)を占め、共和党支持が多く、政界に大きな影響力を有する。聖書に書いてあることが判断基準になるので、▽進化論を否定▽人工妊娠中絶や同性婚の禁止▽キリスト再臨と世界の終末を信じるーなどの主張を続けている。

 聖書に書かれていることを信じるので、神はアブラハムと子孫に土地を与えると約束していると信じ、「神はイスラエルユダヤ人に与えた」とイスラエルを擁護・支援する姿勢が強く、神から祝福されるためにはユダヤ人を祝福し、イスラエルを支持すべきだとする。さらに、イスラエルが関わる戦争は「最後の審判」につながる戦争であり、キリストの再臨につながると解釈する人々もあるという。

 熱心なイスラム教徒がコーランには神の言葉が書かれていると信じるのと同様、エバンジェリカルは聖書に神の言葉が書かれていると信じる。何を信じようとそれは個人の自由だが、問題は、現実世界を彼らが信じる聖典に書かれている言葉に沿うように解釈し、作り替えようとすることだ。イスラエルを支持することが神の意思に沿うことだと信じる米国のエバンジェリカルの圧力で米国政府は中東における調停者の役割を放棄した。

 聖書には神が人間(アダムとイブ)を創造したと書かれており、聖書に書かれていることが真実だと信じるエバンジェリカルは進化論を否定する。生命の進化を探求し、知見を積み上げてきた科学の否定であるのだが、エバンジェリカルが問題にするのは「事実」でも「合理性」でもなく、宗教的「正しさ」である。その宗教的「正しさ」は信じるという行為によって支えられる。

 SNSによる情報発信を世界中で個人が行うことができるようになり、事実に反する情報や偏った情報、世論工作のための歪められた情報などが大量に流れる状況となった。そうした情報はフェイクとされるが、エバンジェリカルのように、信じることによる価値判断が優先する人々にとってフェイクとは、彼らの信条に反する情報や言説のことだろう。

 問題は、キリスト教の神が信者の心の中にだけ存在して現実世界に不在であるように見える中で、エバンジェリカルの思考や行為の「正しさ」は彼らの信仰心によってのみ担保され、客観性が不在であることだ。知性や理性ではなく、信じることによって支えられる宗教的な「正しさ」を振り回す人々と、どのような対話が成立するのか不明だ。対話や妥協が成立しなければ暴力に解決を委ねるしかない状況に落ち込むことは現在のイスラエルパレスチナが示している。