望潮亭通信

無常なる世界を見るは楽しかり

状況を変化させる

 フランスの国民議会(下院)の総選挙で議会第1勢力になったのは、予想されていた右派政党の国民連合(RN)ではなく、左派の政党連合の新人民戦線(NFP)だった。マクロン大統領率いる与党連合は2位となったが、選挙協力を行ったNFPと政策面では隔たりがあり、今後の議会運営はマクロン大統領が進めてきた路線の修正に向かうとの見方が有力だ。

 イギリスでも下院の総選挙が行われ、労働党が209議席増の411議席単独過半数を獲得し、14年ぶりに政権を奪還した。与党だった保守党は251議席減の121議席と大敗して政権の座から降りた。保守党には長期政権の驕りや弛緩が表面化し、EU離脱の成果が乏しく、インフレによる生活苦などが重なり、主権者は政権を交代させることを選んだ。

 イランの大統領選では改革派のマスード・ペゼシュキアン元保健相が当選した。最高指導者のハメネイ師は保守強硬路線の継続を求めていたとされるが、主権者は保守強硬派の候補ではなく、欧米との対話を重視する改革派のペゼシュキアン氏を選んだ。保守強硬派の政治は国内で厳しくヒジャブの取り締まりを行い、多数の死者を出すなど過酷なものだったが、そうした政治の軌道修正を主権者は選んだ。

 インドでも総選挙が行われ、モディ首相率いる与党インド人民党(BJP)主導の与党連合が議席を減らしたものの下院で過半数を超える293議席を獲得した。が、BJPは単独では過半数を獲得できず、連立政権となり、モディ首相が強権的な政権運営を続けることができるのか不明だ。疲弊した農村や宗教色の濃い政策、強権的手法、インフレなどに対する主権者の不満が選挙結果に現れ、モディ政権に対して軌道修正を求めた。

 米国では11月の大統領選挙を控え、現職のバイデン大統領(民主党)に対する撤退圧力が高まっている一方、共和党のトランプ前大統領の当選が有力視されている。両氏の個人的なキャラクターをめぐっての選択とも見えるが、政策では、トランプ陣営は減税策、アメリカ第一主義、パリ協定軽視、自動車排ガス規制の撤廃などを掲げ、バイデン陣営は半導体など巨額の政府支援、気候変動対策の重視、ウクライナ支援の継続などを掲げるが、対中強硬姿勢では大差ない。

 トランプ大統領が現職だった頃、パリ協定やTPPやWHOから離脱し、減税政策を行い、中国製品に対する制裁関税を高め、北朝鮮金正恩氏と会談し、メキシコとの国境に壁を建設し、NATO諸国などに軍事費の増額を要求し、同盟国からの輸入品に関税上乗せを行うなど、それまでの米国の政策を変更した。トランプ氏が大統領選に勝利すると数々の政策変更が行われるだろう。それはトランプ氏の個人的な判断によるものだろうが、主権者が選択した政策でもある。つまり、トランプ氏を当選させることで主権者は政策変更を選択したことになる。

 選挙で主権者は政治状況を変化させることができる。選挙で、驕りや弛緩や腐敗が目立つ長期政権を交代させたり、インフレや失業や生活苦に喘ぐ人々が「現状を変えろ」との要求を政党・政治家に突きつける。政治状況を選挙により変化させ、野党に政権を担わせることで野党に経験を積ませ、野党を現実的な政権運営能力を備えた政党に育てることで、いつでも主権者は選挙で政権交代を行い、政治状況を変えることができるようになる。頼りになる野党がいないから長期政権が続いているという状況は主権者の責任である。