トランプ氏は、大統領に選出されれば、米国への輸入品に「10%から20%の関税をかける」とし、外国に工場を移していた「企業を米国に呼び戻すつもりだ」とする。関税を高くする対象にはEUなど同盟国も含まれ、中国からの輸入品には60%以上の関税をかけ、メキシコから輸入される自動車の関税は200%にし、ドイツなどから輸入される自動車にも関税を課すと主張した。
関税が引き上げられると、輸入品の価格は高くなり、価格競争力を失った輸入品は輸入されなくなり、米国市場に頼る外国企業は米国内での生産を増やさざるを得なくなる。トランプ氏は、関税引き上げは米国内の製造業を活性化させ、雇用を増やし、貿易赤字や財政赤字の拡大を防ぐと利点を強調し、「バイデン政権は貿易赤字を記録的に増やした。多くの雇用が失われ、多額の富を流出させた」とする。
自由貿易の利点は、▽各国が得意な分野に特化する国際分業が進み効率化が図られる、▽各国の消費者は外国産の商品を安価に購入できる、▽輸出が増えることで各国の生産や雇用が拡大する、▽貿易が活発になるーなど。短所は▽競争力の低い国内産業は衰退する、▽競争力を失った国内産業からの失業が増加する、▽輸入が過大になると貿易赤字が拡大するーなどにより、関税や輸入制限などの通商障壁を設ける保護貿易を求める動きが顕在化する。
トランプ氏が主張する関税引き上げに対し、経済学者らは、輸入業者は関税分を販売価格に転嫁したり、米国内で製造される割高の製品に切り替えたりしてインフレを再燃させると批判する。さらに各国による関税引き上げ合戦を招いて、世界で貿易取引を減少させ、世界経済の停滞につながると懸念する。米国が高関税に移行すると、ロシア・中国も対抗して高関税に移行し、世界はいくつかのブロック経済圏に分かれる可能性がある。
また、関税を引き上げて所得税を引き下げるというトランプ氏の政策で恩恵を受けるのは富裕層だけで、低中所得層の消費者はインフレにより負担増になるとされる。日用品の多くが低価格の輸入品に代替されている状況で、輸入品に「10%から20%の関税をかける」と、その関税引き上げ分を負担するのは米国内の低中所得層の消費者になるとの見方だ。
米国が高関税国になれば、米国への輸出で経済成長を続けていた諸国に大きな影響が及ぶだろう。米国に対抗して各国も関税を引き上げるなら、モノの移動が自由でなくなり、グローバリズムは停滞あるいは終焉を迎える。ロシアや中国など権威主義国と欧米の対立が先鋭化している状況で、ブロック経済圏の構築が進むことになったなら、第二次世界大戦につながった1930年代の再来も想定される。
自由や民主主義や人権など欧米由来の価値観に基づく国家形成が「標準」だとされた世界秩序は現在、ロシアや中国、イスラエルなどの行動により、信頼性が揺らいでいる。そこに米国が高関税政策に転換するなら、築かれていた国際秩序は崩壊に向かい、世界は混沌に突き進む。欧米由来の価値観は見向きもされず、自国ファーストとして各国が本音むき出しの行動に励む世界が近づいているのかもしれない。