望潮亭通信

無常なる世界を見るは楽しかり

時代と世代と映画

 親から受け継いだ小さな工務店を社員50人の建設会社に成長させ、子息に社長の職を2年前に譲った友人は最近、「会社にはほとんど行かなくなった」と言う。子息が社長として成長し、「これからの時代は、あいつらが自由にやったほうがうまくいくだろう」と完全引退も視野に入れている。

 現役時代は仕事が最優先で、楽しみはカラオケと映画をたまに見ることぐらいだったという友人は、何の予定も入っていない毎日を持て余した。社長を退いた当初は、夫人の誘いもあって日本各地の観光地に旅行に出かけたそうだが、次第に出かけるのが億劫と感じるようになり、娘夫婦や友達を誘って旅行に出かける夫人を見送って、家にいることが増えた。

 映画を観に毎日出かけることができるようになったが、友人は「観たい映画がかかっていない」と映画館に行くことはほとんどない。代わりに、以前に観た映画のDVDを次々に買っていたそうだが、それが200枚を超え、適当に積んであるだけなので夫人から「片づけなさい」と厳命されたそうだ。

 邦画も洋画も新作が毎月公開されているというのに、友人は「観たい映画がかかっていない」と言う。映画が好きなのに、興味をひく新作映画がないと感じる友人。観たい映画をDVDで観て友人は満足しているが、友人の映画体験は、過去の映画体験をなぞることで止まっているといえる。

 映画は時代を反映する。最近のCGを多用した荒唐無稽のストーリーの映画にも、例えば悪役の設定などに時代の価値観が反映する。映画に現れる時代に対して、距離感や違和感などを感じる人は、その映画を素直に楽しむことは難しいだろう。若い人なら旧作の映画の時代感に馴染めず、老いた人なら新作映画の時代感についていけなかったりする。

 旧作も新作も映画なら何でも観るという映画ファンはいるだろうが、映画が時代を反映するので世代によって楽しむことができる映画が異なるとすれば、時代は変化するので、世代によって好む映画は分かれる。友人が旧作映画のDVDを見て楽しむのは、世代の制約とみなすこともできそうだ。

 アニメには興味がなく、お涙ちょうだいや恋愛ものにも興味がなく、突飛な状況設定に置かれた人々を描くだけのストーリー展開は好まず、荒唐無稽のCG多用の活劇には飽きたという友人は、「現実感があって、練られた脚本があって、役者の演技という芸の高さを見せてくれる作品がいい映画だ」という。観たい新作映画がないと言うのは当然だな。