望潮亭通信

無常なる世界を見るは楽しかり

2番打者で送りバント

 こんなコラムを2003年に書いていました。

アナウンサー 「明日は砂嵐が激しくなるとの予報が出されている、ここイラク南部ですが、今日は風も弱く、格好のベースボール日和となりました。ボールパークには『アメリカの自由』チームのメンバーが揃い、入念な準備運動を行っております。対戦相手の『隠してないよ』チームは、数人が来ているものの、主力選手はまだ来ておりません。解説の三味さん、イラクチームの到着が遅れているようですねえ」

三味 「この試合は『アメリカの自由』チームがボールゲームでイラクを負かしてやると、対戦の合意もなしに勝手に乗り込んできたのですから、国際ゲームを成立させる要件は満たしていないわけです。まあ相手チームが乗り込んで来た以上はイラクチームも知らない振りをしているわけにはいかないでしょうから、そのうち来るでしょう。ただエースで4番のサダムは、影武者を出してくるかもしれませんが」

アナウンサー 「それにしても『アメリカの自由』チームは奇妙なメンバー構成ですね。1番がイギリス、2番は「送りバントばかり」の日本、3、4、5番をアメリカが兼ねて、6番スペイン、7番オーストラリアなどと発表されています」

三味 「本来なら4番のアメリカの前後をフランス、ドイツなどが固めるのですが、今回の遠征について“根回し”が不調に終わり、アメリカが単独でも遠征すると言い張り、来たい者だけが来ればいいとしたのですから、いびつなチーム構成になったのもやむを得ませんね」

アナウンサー 「日本は2番です」

三味 「いつもの通り、送りバント以外はしないでしょうね。日本ファンとしては鮮やかにヒットを打ってもらいたいところですが、4番のアメリカに喜んでもらうために自己犠牲をするのが日本の役割だと任じているようです」

アナウンサー 「アメリカは3、4、5番兼務ですが、こんなチームは見たことがありません」

三味 「打力に絶対の自信を持っているからでしょうね。全打席でホームランを打つつもりでしょう」

アナウンサー 「さあ、審判団も位置につきました。今回は、『アメリカの自由』チームに同行取材しているマスコミが審判役を務めるということで、これも変則的ですね」

三味 「国際ゲームでは国際機関が審判を務めることが多いのですが、アメリカがそうした審判を拒否しているので、審判役はマスコミしかいません。ただアメリカと“同じ釜の飯”を食べたマスコミがアメリカにシンパシーを持つかもしれません」

アナウンサー 「試合開始時刻になりましたが、『隠してないよ』チームはまだ全員揃いません。果たして来るのでしょうか」

三味 「なぜ、この試合をしなければならないのかが『隠してないよ』チームには納得いかなかったようですから、意思統一が遅れているのかもしれません」

アナウンサー 「これは今入った未確認情報ですが、エースで4番のサダムが襲われたということです。これが本当なら、この試合には出られそうにありません」

三味 「サダムのワンマンチームですから、彼が来なければ『隠してないよ』チームもゲームを始めるわけにはいかないでしょうね」

アナウンサー 「おや、『アメリカの自由』チームがバッターボックスに立ち、クリケットのようにホームベース上に置いたボールを打ち、走っています。『隠してないよ』チームは数人しか守備位置に着いていないので、ヒット、ヒットの連続です。日本だけは送りバントをしていますが」

三味 「これはベースボールと言えるのでしょうか」

アナウンサー 「やはりイラクでゲームをするのならサッカーを選ぶべきでしたか」

三味 「いや、アメリカは民主主義を押し付けようとしていますから、やはりベースボールでしょう。それにサッカーはアメリカではマイナースポーツですから」

アナウンサー 「どんどん試合は『アメリカの自由』チームの一方的なペースで進んでいきます。突然ですが、ここらで中継を終わらせていただきます。解説の三味さん、この試合の展開を最後に予想してください」

三味 「勝った勝ったとアメリカは大喜びすると思いますよ。では私は、せっかく来たのですから何か記念になるものを探して日本に帰ろうと思います」