望潮亭通信

無常なる世界を見るは楽しかり

反テロリズムの意味

 イラクを例にとると、イラク国民とされる人々が一つの国家を形成する理由(必然性)は希薄である。民族も宗教も異なる人々が、例えば何かの理念なりに拠って統一国家を形成したわけではない。中近東は欧州の植民地にされ、第2次大戦後に独立したが、植民地の境界線が国境となった。

 植民地から独立したということでは例えばフィリピンも同様。フィリピンにも植民地化される以前には統一国家はなかった。フィリピン人がフィリピン人としての意識が強まったのは、おそらくマルコスを倒した時が初めてだろう。しかし、イラクにはそうしたイラク人としての自己意識を共有する自らの力による国家形成という体験はない。

 なぜイラクが一つの国家であらねばならないのか。その理由はイラクの人々の中には、ない。イラククルド人の独立を認めるとトルコのクルド人にも影響があるとか、南部のシーア派が分離独立するとイランの影響力が強まるなどの理由で、欧米がイラクを現在の国境の中に押し込める。

 冷戦期には、欧州内の国境を変更しないという東西の暗黙の了解の下に均衡は保たれてきた。冷戦終了後、東ドイツは西ドイツに吸収され、チェコスロバキアユーゴスラビアはそれぞれ解体し、欧州では国境線は住民の意思により変更され、それを欧米諸国は認めた。しかし、中近東を始めとして旧植民地の境界線を国境線としている国々については、東チモールを例外として、国境線の変更は認められない。誰が認めないかというと、欧米である。

 一方では、旧植民地からそのまま独立国家を形成した国々での反政府活動が活発化しているという話はあまり聞かない。旧植民地から成立した“不自然”な国家を欧米が支え、特に米国への反感にそれらの反政府活動の矛先が向いている。つまり、“不自然”な国家に対する民族自決、独立要求が反米運動と混在している。

 9.11以降、反テロリズムは誰も反対することのできない命題とされた。反テロリズムアメリカの被害者意識から強く打ちだされたものではあるが、世界各地の独立運動を押さえつけるためにはアメリカにも欧州にも好都合のものである。

 武力を使わずに独立を達成できる人々は世界のどこにもいないだろう。反テロリズムへの批判が許されない世界で現在、自らの国家を持っていない人々にできる抵抗(対応)は、欧米が決めた境界線を越えること、つまり合法であれ非合法であれ、行きたいところに行って住むことである。