望潮亭通信

無常なる世界を見るは楽しかり

都市住民のナショナリズム

江戸っ子「都市はどのように形成されたか? 三代前のことなら覚えてても、それより前のことなんざ知らねえ」

酢豆腐 「人が集まって、物流が生まれ、市場が形成され,それが更に人を呼ぶ。地方からの移住者で都市は成長した」

江戸っ子「どうりで半ちくな田舎モンがやたら多いわけだ」

酢豆腐 「で、ナショナリズムの話だが,ナショナリズムの根底にあるのは愛郷心だという説がある。生まれ育った故郷への愛着が、外敵への防衛心と結びつき、故郷の延長線上にあるものとして自国をとらえナショナリズムが形成されたという考えだ」

江戸っ子「すると、江戸を守ろうという意識が高じて日本全体を守らなきゃならねえという意識になるってわけですかい? 江戸っ子が江戸を守ろうとするのは解りますがね,なんで江戸っ子が,行ったこともないド田舎まで面倒を見てやらなきゃならねえんですかい? ド田舎のことなんざ田舎モンにやらせておけばいいこった。わざわざ出張るほどのことじゃねえ」

酢豆腐 「そうした愛郷心が、統一国家の形成に伴う愛国教育で愛国心に移行させられるんだな。日本だけじゃなくて、どこの国でも同じだ。つまりナショナリズムは,自然な感情をベースに人為的に形成される」

江戸っ子「なんで江戸っ子がド田舎まで愛さなきゃならねえのか、そいつが解らねえ」

酢豆腐 「そこに物語が入って来る。共通の感情を持つことができるように、いろいろな物語が吹き込まれるんだな。歴史や自然などがよく使われる。例えば,『偉大な歴史を持つ我が国は…』とか『美しい自然・風土を持つ我が国は…』とか、やたらと大きなものを持ち出して個人を無化しようとする。国家という大きな物語の中に個人を取り込んでしまえば,国家を代表する権力者らは安泰というわけだ」

江戸っ子「どこの国だって,それなりに偉大な歴史があるでしょうし、美しい自然・風土もあるに違えない。大きな物語って言うんだったら、いっそ人類・地球規模で、偉大な歴史であるとか美しい自然であるとか言えばいいんだ。中途半端なところでこだわるこたあねえ」

酢豆腐 「その通り。なんだが、あまり対象が大きすぎると個人のほうで自己投影できにくくなるんだな。ナショナリズムが根強いのは,一方的に吹き込まれるだけじゃなくて,個人の方からも国家イメージにすり寄り,『偉大な国家(という物語の中)の一員である』との満足を得たいという欲求があるからだ。自己実現を国家イメージに重ね合わせているという面がある」

江戸っ子「やっぱり半ちくな野郎たちだ。俺は江戸っ子であることだけで、それ以上は必要ねえんだが、ド田舎でも故郷は故郷だろうに,連中は愛郷心だけでは満足できず国家にしがみつき始めてナショナリズムが流行り出したってことですかい?」

酢豆腐 「帰る故郷を持っている都市居住者は多いだろうが,田舎に例えば実家があるとか土地があるとかで、懐かしさはあっても愛着というほどの強い思いはあるまい。都市居住者に感情としての愛郷心が心に潜んでいても,田舎にも現に住んでいる都会にも向けることができず,国家という物語を愛郷心の対象に見つけて入れあげ始めたというところかもしれない」