望潮亭通信

無常なる世界を見るは楽しかり

分裂できないイラク

 こんなコラムを2006年に書いていました。

 イラク中部にあるシーア派の聖地アスカリ廟が爆破され、これを機にシーア派強硬派の報復攻撃が広範に行われ、更にスンニ派民兵の仕返しが行われるなどイラク情勢は混迷が深まり、内戦の危機も言われている。

 アスカリ廟を爆破したのはザルカウイ一派と言われる。象徴的なモスク攻撃は、その結果としてシーア派の反撃とその後の混乱を想定したものであろう。アメリカが占領している中で直接選挙が行われ、国際的には正統性を有する政権が発足する道筋にあるイラク。このままではアフガニスタン同様、アメリカの強い影響力の下にある独立国となってしまう。そうはさせじと、混乱をさらにかき立てようと動いた人々がいる。

 互いのモスクを攻撃し、互いに殺し合いを始めたシーア派スンニ派。仮に互いの攻撃が終息したとしても、殺し合った記憶は消えまい。想起されるのがユーゴスラビアだ。元をただせば同じ南スラブ民族であったのに、長い歴史の中で一方は正教徒のセルビア人となり、他方はカトリッククロアチア人となり、一部はイスラム教徒のボスニア人となった。米ソが重しとなり欧州内での戦争を抑止するという冷戦構造が終わってみると、それまで共存していた各民族は自己主張を強め、第2次大戦中に殺し合った記憶が蘇り、新たな殺し合いを始め、分裂へと至った。

 イラクに置き換えてみると、互いを敵とする対立がシーア派スンニ派で高まると、イラク統一国家であることの意味、必要性がなくなろう。もともと植民地の線引きを国境としていたのだから、彼らが統一国家であることの内的必然性は希薄だった。いっそ分裂したほうがスッキリするだろうにと、遠い日本から見ていると思えるのだが、イラクの今後の選択肢として分裂は出て来ない。米欧が、分裂させじと圧力を加えていることが伺える。米欧がここでイラクの分裂を認めてしまったなら、「国境の見直し」が、彼らが植民地にしていた世界中の国に波及しかねず、米欧の権益が大いに脅かされるだろう。

 イラクは、スンニ派が西部や北部を中心に人口のほぼ2割、中南部を中心にシーア派が同6割、北部を中心にクルド人が同15%という分布で、バクダットを含む中西部は各派が混在している。つまり、以前から住み分けがなされてきたのだ。

 混乱が深まり、それこそ内戦状態になれば解決策はイラクの解体しかあるまい。クルド人は大喜びで独立するだろうが、内部にクルド人を抱え弾圧してきたトルコの出方が微妙。トルコはクルド人国家が成立することを望んでいない。

 シーア派も独立することに異存はあるまいが、隣国イランの強い影響下に置かれるのは間違いない。中近東におけるイランの影響力が拡大することを米欧もサウジアラビアも望んでいない。何よりアメリカが狙っていたイラクの主要な油田地帯はシーア派居住地域に多く、シーア派が独立すればアメリカは追い出されようから、シーア派の独立には最後までアメリカが反対し、武力を使ってでも抑止するだろう。

 つまりアメリカはイラクから抜け出すことは出来ない。正式な政府が発足して治安が回復した時が米軍撤退の時期ということになっているが、混乱の種はいくらでもイラクには残っている。時には米軍を攻撃し、時にはシーア派スンニ派の対立を煽り、時には油田施設を攻撃する…。混乱が続くことはアメリカ軍の駐留が容認されることでもある。