望潮亭通信

無常なる世界を見るは楽しかり

センタク屋のシンちゃん

 こんなコラムを2006年に書いていました。


 全国洗濯屋連合会の会長に新たに就任した通称・シンちゃん、全国団体のトップを務めるには経験不足との声もあったが、前任のワンマン会長の覚えめでたく、その強い推薦もあったことから、すんなり第1回の投票で決まった。


 実は連合会は莫大な借金をかかえ財政は逼迫、借入金に頼っている状態だった。新会長のシンちゃんには何よりも財政健全化への意欲が必要なのだが、「まだ借金は出来る。金を引っ張って来ることが出来るのだから心配ない、心配ない」といった調子で、シンちゃんはむしろ、洗濯基本規約の改正への道筋をつけると力んだ。


 この洗濯基本規約は、家庭用洗濯機を発売した電機メーカー相手に連合会が販売中止を求め、受け入れられなかったところから各地の電器店に洗濯屋が押し掛け、中には電器店を破壊するところもあって、世論の批判を受けたところから制定されたもの。商売の利害に関わる事柄でも連合会は暴力を放棄し、話し合いで対応することを明記している。


 さて、シンちゃん、早くから後継候補の最有力とされ、本人もその気になったが、連合会の実務には興味が無く、ほとんど知らなかった。しかし、「会長になるからには、一応、方針みたいなものを出さないと格好悪いな」と何かをアピールする気になったが、自身の中から出て来る具体的なものはない。そこで親しい先輩に相談すると、「君のおじいさんは洗濯基本規約の制定に反対だった。いつでも実力行使できるからこそ、交渉力が増すと言っていた。君は、おじいさんの遺志を継いで洗濯基本規約の改正への道筋をつけるべきだ」。

 シンちゃんは、洗濯基本規約制定後に連合会の会長を務めた祖父の顔を思い浮かべ、「そうだ。おじいちゃんは洗濯基本規約なんて、ろくでもないと言っていたっけ。規約のせいで、コインランドリーが出現したときにも連合会は何も出来なかった」と振り返り、力を備えた「美しい洗濯屋」を目指して洗濯基本規約の改正を打ち出すことに決めた。


 ただ、洗濯基本規約改正だけでは現実味が薄いと考え、シンちゃんは連合会事務局に考えさせ、規制緩和・自由競争・競争原理重視も打ち出した。連合会の内部規定に、既存の洗濯屋から半径2キロ以内には新規出店を控えるというものがあった。それを自由化するという。「コインンランドリーも増え、後継者難もあって廃業するところも出てきている。内部で調整したって、外部から入ってこられて勝手なことをやられては、どうしようもない。実情に合わない規約は廃止すべきだ。そして、意欲のある人が洗濯屋を開業でき、連合会に参加できるようにしたい」とシンちゃんは新会長就任会見で述べた。


 シンちゃんは祖父から数えて3代目の洗濯屋である。2代目の父親が急死し、13年前に急に店を継ぐことになった。店は職人らが立派に運営しているのでシンちゃんは東京にいていいと言われ、地元にあまり帰らず、遺産はたっぷりあるので、気ままな生活を送り、開業の苦労も経営の苦労も経験したことがない。地元では大手の洗濯屋であるので、連合会の理事にも間もなく推薦された。


 新会長就任会見を見て古参の理事がつぶやいた。「自分は競争原理の働かないところで生きてきたくせに、他人には競争原理を押し付ける。二世、三世の奴らで、自力で自由競争を勝ち抜いてきた奴なんかいないだろう。スタートラインで大差があるから、ゴールから近いところでスタートした奴が勝つに決まっているさ」