望潮亭通信

無常なる世界を見るは楽しかり

戦車は必要か

 陸上自衛隊の最新型戦車は、情報通信機能が強化され、位置や戦場データの共有が可能になった。長さ9m超、幅3m超で重量は44トン超。これでも小型軽量化されたそうで、分解せずともトレーラーでの搬送が可能になったという。開発費用は480億円超で価格は1両7億円ぐらい。

 高価なオモチャと言ったら失礼かな。仮想敵国であったソ連の崩壊により、日本への大規模な上陸侵攻の現実性は低くなったとされ、04年策定の防衛計画大綱で戦車の装備数は大幅削減されたそうだが、既得権益化されているのか、開発メーカーへの配慮なのか、戦車は全廃されなかった。

 周囲を海に囲まれている日本。先の戦争で旗色が悪くなると軍部は本土決戦を言い出したが、実際に地上戦が行われたのは沖縄のみ。歴史を振り返ると、元寇ぐらいか。どこかの国が日本のどこかに侵攻してきた時に、米軍来援までの3週間を持ちこたえることを想定して戦車が必要だということだが、敵の上陸地まで、陸自基地からトレーラーに積み込んで戦車を移動させて、着いたら、さあ実戦……役にたてばいいがネエ。

 現実的に日本へ地上軍を送って上陸作戦を遂行できる能力を持った周辺国があるのだろうか。ロシア? 中国? 北朝鮮? 韓国? もしかしてアメリカ? 大事を想定して備えることは大切だが、軍備こそリアリズムで考えるべきであろう。治安出動の場合なら戦車の威嚇効果は大きいだろうが、日本に上陸した敵国地上軍と対峙する事態を想定して戦車を配備するよりも、海・空のほうに予算を回したほうがいいような気がする。

 新型戦車は、小型軽量化されたとはいえ幅3m超・重量44トン、そんな戦車が自在に移動できるように全国の道路や橋が設計されているのだろうか。日本の海岸線には中小河川も多いから橋も多いけれど、戦車に耐えられない橋があれば作戦行動は制約される。戦車の代わりに装甲機動車を増やしたほうが効果的かもしれない。

 そもそも外国の地上軍が上陸して来た日本では、海岸線に住んでいる人々は車などで逃げるだろうし、周辺の人々も車などで逃げるだろう。戦闘が始まった地点から離れようと人々が動き、それらの人々と反対方向に前線に向かって陸自は移動しなければならない。道路は民間人の避難優先で、陸自は道路以外を移動する…はずはなく、交通整理などとノンビリしている余裕もなく、作戦行動優先で行動するだろう。つまり、道路を陸自は移動し、障害となるものは排除するしかない。でも、広い道路ばかりではなく、車の保有台数が多すぎるので、数台、数十台は道路から排除できても、まだ数百台が連なっている可能性がある。

 司馬遼太郎さんが、昭和20年に栃木県佐野の戦車隊に所属していた時のことを書いている。大本営から来た少佐参謀は、「敵上陸とともに、東京都の避難民が荷車に家財を積んで北上してくるだろうが、わが80両の中戦車は、戦場到着までに立ち往生してしまう。どうすればよいのか」との質問に「轢き殺してゆく」と答えたという。司馬さんは「日本人のために戦っているはずの軍隊が、味方を轢き殺すという論理はどこからうまれるのか」と問うている。

 戦車戦は日本では過去に行われていない。周囲を海に囲まれ、人口密度が高く、車の保有台数が多い日本で戦車がどれほど有効なのか知らないが、有事が「想定の世界」にとどまって来たからこそ、予算がつけられて来たのだろう。軍事オタクは新型戦車の登場をよろこんでいるようだが、やはり高価なオモチャだ。