望潮亭通信

無常なる世界を見るは楽しかり

オバマの演説力

 こんなコラムを2009年に書いていました。

 え~、寒い中を大勢の人が集まって、ご苦労なことでしたな。ご近所だけじゃなくて、全米から集まったんだそうで。ローリング・ストーンズリオ・デ・ジャネイロコパカバーナ・ビーチで無料コンサートを開いたときは夏でしたが、それはもう、大勢集まりましてね、100万人を超えたそうです。ところが今回は200万人とか。



 オバマ氏の声ってものは不思議ですな。心地よく響いてきます。音に詳しい人にいわせると、オバマ氏の声には倍音がたくさん含まれているんだそうです。CDよりレコードのほうがいい音だなんて言う人もいるんですがね、それは倍音がカットされていないからなんだそうです。ガムラン音楽が心地よく聞こえるのも倍音のためだそうでして。オバマ氏は、歩くガムラン?



 オバマ氏の演説本がよく売れてるんだそうで。英語が堪能でない人にも何か訴える力がオバマ氏の演説にはあるんでしょうな。CD付きだから、演説を聞きながら英語の学習もしてもらおうって魂胆らしいんですがね。オバマ氏の登場で日本に英語熱が高まったとしたなら、小学校から英語教育をしようという文科省は、オバマ氏に感謝状でも贈らないといけませんな。



 オバマ氏の演説の力はどこから出ているんでしょうかね。スピーチライターらと共に草稿を練り上げ、それをオバマ氏が、聞き手に届くように「言葉の表情」豊かに話す。話す本人が内容を完全に理解しているからこそ、できることなんでしょうな。つまり、「読んでいる」んじゃなくて、「語っている」んです。



 教会の存在も大きいように見えますな。神父が話し、それを聞くことが日常の中にある社会で、演説は表現方法として受け入れられており、選挙などの時にしか演説を聞く機会がない日本とは事情が違う気がします。オバマ人気に「ヒント」を得て、日本でも次の選挙で政治家らのパフォーマンスとしての演説が増えそうな気もしますが、さて、うまくできますか。



 できもしない公約を並べ立てたりしないのもポイントかもしれません。目標でしかないものを多くの政治家はつい、実現可能であるかのように力説したりしますな。しかし、力を入れて言ったからとて、実現可能性が高まるわけではありますまい。言うことに力を入れるのではなく、実現することに力を注ぐべきなんですが……大向こう受けを狙って力説することで、何かを為していると勘違いする向きも出てきそうです。



 オバマ氏の演説をずっと追って聞いていたわけではありませんから印象なんですがね、当選するまでのオバマ氏は、希望や理想に重点を置いて語り、就任演説では、理想とともに状況判断に重点を移して語っていた気がします。権力を握る地位に就いたわけですから、現実を直視し、実効を出していかなければなりませんから、当然の変化とも言えますがね。



 言葉を信じ、理想を訴え、しかし行動は現実的に……この通りにできればオバマ氏はしたたかな政治家であるといえましょう。経済の落ち込みが厳しい中で人々は「出口」を示す方向性を求めているでしょうから、オバマ氏は「先頭」を歩かなければなりません。



 こんな経済状況でなければ、理想を訴えるオバマ氏への支持はもっと少なかったかもしれませんが、現実の中でしか人間は生きていくことはできません。オバマ氏にばかりスポットライトが当てられていますがね、本当はアメリカの人々がオバマ氏を選び出したことが最も重要だったという気がします。これこそ、アメリカの民主主義の底力を示した……と思えて来るのです。