望潮亭通信

無常なる世界を見るは楽しかり

境界にいる厄介者

 インフルエンザの病原体はウイルス。このウイルスというものは奇妙な存在だ。「生物と無生物のあいだ」(福岡伸一著)によるとウイルスは「栄養を摂取することがない。呼吸もしない。もちろん二酸化炭素を出すことも老廃物を排泄することもない。つまり一切の代謝を行っていない」。



 同書によるとウイルスは、幾何学的な構造を持ち、「結晶化」することさえできる、物質に近い存在だが、自己複製能力を持つという。「生存」しないものの「増殖」するというウイルスはタンパク質と核酸からなる粒子であり、生物と非生物の境界を漂う厄介ものらしい。



 細胞を持たないウイルスが増殖するためには他の細胞が必要となる。ウイルスは細胞表面に吸着し、細胞の内部にウイルスのRNAを注入し、細胞にDNAを複製させ、タンパク質を合成させ、細胞内でウイルスを生産させるという。そうしてウイルスが増殖する。



 ウイルスの表面にあるタンパク質が、細胞表面の分子のどれかを標的(レセプター)に吸着することによりウイルスは細胞に吸着する。ウイルスに感染するかどうかは、そのウイルスに対するレセプターを細胞が持っているかどうかによるという。



 このウイルスのタンパク質がA型インフルエンザウイルスの場合、HA16種類、NA9種類が見つかっており、H1N1(Aソ連型)、H3N2(A香港型)、H5N1(高病原性トリインフルエンザ)など多くの組み合わせがあり、水鳥ではHAとNAの組み合わせがすべて見つかっているという。ウイルスはタンパク質の組み合わせを増やし、細胞に吸着する可能性を広げるように「進化」してきたのかもしれない。



 細菌とは異なって生物とは言い切れない、自然版の微小なターミネーターともいうべきウイルス。不思議な存在で、生命誕生のナゾにも関わっているんじゃないかなんて想像したくなるが、現実には様々の生物を利用して増殖する手強い存在だ。