望潮亭通信

無常なる世界を見るは楽しかり





「オバマ」の表記法

 2009年にアジアを歴訪した米オバマ大統領。東京で包括的なアジア外交演説を行い、抹茶アイスの思い出を語り、シンガポールでAPEC首脳会議に出席し、中国に行って若者と対話したり、万里の長城を見物し、韓国でテコンドーを披露した。



 そのオバマ氏の名前の中国語表記(つまり漢字表記)をめぐって、米中は対立しているとか。米は原語の発音に近い「欧巴馬」を要望したが、中国は「奥巴馬」がすでに定着していると受け入れなかったそうな。外国の首脳の漢字表記は新華社通信が決めるそうで、中国では以前から「奥巴馬」にしているので、米がゴチャゴチャ言うたかて、それがナンボのもんや……ということらしい。



 表音文字を持たない中国では、外国語の表記も、音をあてて適当な漢字を使うしかない。現代の中国では横書きが主なので、混ぜ書きにするのが容易だろうから、アルファベットなどを取り入れ、文中でOBAMAと表記すればいいのに……と思うのだが、そこは「文明大国」、中国には中国のやり方があるので、従ってもらいますと譲らない。



 低コストの製造基地として世界経済との結びつきを強めた中国は、一方で中国の独自性を強調するようになった。国境の内側に閉じこもっていれば中国人意識を強く持たなくても済んだのだろうが、世界経済の中に組み込まれ、世界から情報が流入するようになって中国人意識が喚起されたのだろう。



 世界の中で自らを相対化して認識するという意味での中国人意識なら、単なる帰属意識にとどまったのかもしれないが、「屈辱」の近代史がバネになってか、過剰な大国意識や自尊心、敵愾心がかき立てられているようにも見える。それが、妙な力みになって現れることもあるようだ。



 中国は漢字にプライドを持っているのだろうが、世界では表音文字が主流だ。日本が近代化(西洋化)をアジアでいち早く成功させたのは、漢字の他にひらがな、カタカナの表音文字を持っていたことが関係するとの説を読んだ覚えがあるが、中国もアルファベットなどの表音文字を取り入れることで、中国語の表現が豊かになるかもしれない。



 でも、表記法とはいえ、自由な表現を政府が容認したなら、表現の内容についても自由を求める声が次第に高まる可能性がある。「オバマ」の表記を国家が統制するのも、全ての表現と表現に関する全ては中国政府が管理するという決意によるものか。それじゃ、「奥巴馬」は譲れないだろうな。