望潮亭通信

無常なる世界を見るは楽しかり

蘇った「黒旗水滸伝」

 竹中労著/かわぐちかいじ画の新装版「黒旗水滸伝−−大正地獄篇」が皓星社から2012年に刊行された(全4巻。各巻とも定価1200円+税)。これは2000年に上下2巻で刊行されたものを4分冊にしたもので、新たに加わった文章などはなく、内容は以前に刊行されたものと同じ。ただ4分冊になったので各巻は260~330ページくらいに収まる。



 「黒旗水滸伝」が描こうとしたものは、「大正とはいかなる時代であったのか。結論はゆきつくところ大杉栄と彼をめぐる無政府主義者たち、テロリスト難波大助、さらには彼らがこよなく愛した浅草十二階下の娼婦&やくざ・芸人。国賊と呼ばれ、あるいは世の塵芥のごとく差別された“窮民・下層社会”の中に、辻潤を置いてみると、諸相はおのずから立体的に浮かび上がってくる」(栗原幸男氏の解説から)。



 総計1000ページを超す「黒旗水滸伝」には、様々な人物が登場する。第1巻、第2巻の主な人物だけでも、辻潤添田唖蝉坊、山田春雄、獏与太平、難波大助、大杉栄、和田久太郎、杉山茂丸北一輝、朴烈、伊藤野枝、近藤憲二、村木源次郎、西光万吉、山鹿泰治、甘粕正彦有島武郎、江連力一郎などが登場する。大正という時代を描くのだから、人物が多くなるのは当然か。



 ただ、既成の“史実”の範囲を超えずに大正という時代を描こうとしたのではない。「現代の眼」連載中に寄せられた「定説と違う。信用ができない」などの批判に対して、作中で竹中氏は「小説・巷談でどこが悪い? あたくしまさに、“稗史”を書いているんで、既成の左翼文献なんぞにはハナもひっかけぬ心意気」と応じている。



 「黒旗水滸伝」は、ページの上部(3分の2)に、かわぐち氏のマンガが入り、下部に竹中氏の文章が入るという斬新な表現。それぞれ独立で読むことも、交互に行き来しながら読むことも可能だ。かわぐち氏の画の部分は、竹中氏からの綿密な絵コンテに基づいて描かれているので、通常のマンガとは趣の異なる表現、展開になっている。竹中氏の文章をナレーションとすると、かわぐち氏の画は映画の映像なのかもしれない。