望潮亭通信

無常なる世界を見るは楽しかり

生態史観

 梅棹忠夫氏が1957年に発表した「文明の生態史観」は、斬新な発想で歴史を俯瞰し、世界を新たな視点でとらえ直した論文だ。近代西洋だけが文明で、他は、近代西洋に至る歴史の発展段階の過程を歩んでいるという図式を拒否し、環境や歴史的条件などにより文明は世界各地で平行発展すると主張する。



 その内容は、1)日本は東洋一般ではない、2)世界を東洋と西洋に類別するのはナンセンス、3)文化の機能論的な見方では、日本は高度な近代文明だ、4)高度の近代文明国になったのはユーラシア大陸の東西に位置する、日本と西欧の数カ国だけ、5)明治維新以来の日本の近代文明と西欧近代文明の関係は一種の平行進化、6)高度な近代文明国は国家形成の歴史が長く、19世紀以前に革命を経験、その後、帝国主義的侵略をやり、資本主義が発達した。



 7)高度な近代文明国は、封建体制のあった国で、封建体制がブルジョアを養成し、革命によってブルジョアが実質的な支配権を得た、8)封建制の平行現象があったが、英仏などが貿易と植民地経営で富の蓄積を進めた一方、日本は鎖国により東南アジアなどでの日本人植民地が発達せず、ブルジョアの成長が阻害され、日本の封建体制の崩壊は遅れた。



 9)歴史を生態学理論で見る。共同体の生活様式の変化を、「進化」ではなく「遷移」で見る、10)一定の条件のもとでは、共同体の生活様式の発展が、一定の法則に従って進行するということを認めたところに、遷移理論が成立、11)進化史観では、進化を一本道とし、いずれは同じところに行き着くと考え、現状の違いは発展段階の違いと見た。



 12)ユーラシア大陸の東北から西南にかけて巨大な乾燥地帯があり、古代文明が成立、その後、大帝国が現れた、13)巨大な乾燥地帯からは、激しい破壊力を示す人々が何度も出て来て、当時の文明に打撃を与えた。破壊と征服の歴史である、14)ユーラシア大陸の東西は中緯度温帯で、適度の雨量、土地の生産力が高いなど恵まれた地域。ユーラシア中央からの攻撃と破壊を免れた。



 15)文明の要素(技術)は移植が可能。必要なのは技術で精神ではない、16)西洋から要素が持ち込まれた時に、それを受け止めるブルジョアが日本にはいた、17)高度な近代文明国に自力でなることができなかったユーラシア大陸の国では、強権的な政府がブルジョアの役を肩代わりする、18)そうした国は近代化、文明化の方向に進むが、大帝国とその衛星国という構成をもった地域の共同体は健在、19)それらの共同体による自己拡張運動が懸念される。



 書かれたのは64年前なのに、現代世界を見て理解するヒントを与えてくれるのだから、梅棹氏の広い視野と洞察力、先見性には驚くしかない。それが可能になったのは、梅棹氏には世界各地での豊富なフィールドワークの経験があり、実際に現地で自分の目で見て考えたからだろう。研究室で内外の本を読んでいるだけでは見えて来ないものを、梅棹氏はとらえた。