望潮亭通信

無常なる世界を見るは楽しかり





最悪の事態の想定

 2013年に明らかになったIPCC第1作業部会の報告書。新聞によると報告書は、「人間活動による温暖化が引き起こした熱波が一部で増えている可能性が高い」と指摘し、具体的な地域としてアジア、欧州、豪州を挙げ、「今世紀末の世界の平均気温は最大4.8度上昇し、海面も最大81センチ上がる」と予測。



 海面が81センチも上がるなら、海岸部などで広く浸水が起きることになり、「おしゃれなベイエリアのマンションに住んでます」などと気取っている人達は、そのうちに一帯が浸水し、地下構造部にダメージを受け、車で出掛ける時には海水の中を走らなくてはならず、不便な生活を強いられることになる。まあ、今度の世紀末まで建っているマンションがあれば、の話だが。



 報告書は「20世紀半ば以降の平均気温の上昇の半分以上は人間活動が引き起こした可能性が極めて高く、その確率を95%以上と評価している」そうだ。確率を明示するのは大切なことだ。不確定性に満ちている現実世界では、100%確かなものは少ない。まして未来予測においては、100%実現すると予測できることは、ごく限られている。



 だが新聞記事では、「平均気温は最大4.8度上昇」する確率も「海面が最大81センチ上がる」確率も明記していない。おそらく、4.8度も81センチも、最悪を想定した数字なのだろうが、その実現可能性については、新聞記事を読んだだけでは全く判断がつかない。でも、こういう記事を読む読者は、4.8度も81センチも「約束されたもの」のような印象を受けるだろう。



 最悪の事態を想定して備えることは大切だ。新聞が、人為的な地球温暖化なるものに危機感を抱き、警鐘を鳴らすためにIPCCの報告書を大きく伝えることも理解はできる。でも、警鐘を鳴らすことに力んで「正しく」伝えることが軽んじられるようでは、結果として読者を騙したことになろう。



 最悪の事態を想定して報道することは大切だ。現実に福島第一原発メルトダウンが起きてから、原発事故の深刻さを多くの人は痛感した。新聞が福島原発について、最悪の事態を想定して安全対策に警鐘を鳴らす報道を続けて常に改善を求めていたならば、東電や行政も動かざるを得なかったかもしれず、今回の事故の影響も違ったものになっていたかもしれない。



 地球温暖化については最悪の事態を想定した報道を行い、原発については最悪の事態を想定した報道を行って来なかったのが新聞などのマスメディア。温暖化特集ではエコ関連の広告が集めやすく、原発批判を控えれば電力会社からの広告がふんだんに入るから、つごうよく方針を使い分けている印象だ。