望潮亭通信

無常なる世界を見るは楽しかり

行政の怠慢と精神論

 政府は首都圏1都3県を対象に緊急事態宣言を行った。感染者の大幅増加や重症者の増加を見ると、やむを得ないとの印象もある一方、飲食店での会食が今回の感染拡大の元凶だと政府や自治体は見ているらしいが、飲食店の営業禁止には踏み込まず(補償金の問題?)営業時間短縮にとどめ、人々には不要不急の外出の抑制を求め、「皆の強力で乗り越えよう」なんて精神論をまた持ち出している。

 「神風が吹く」とか「皆で心を一つにすれば難局も打開できる」などの精神論を政治を担う者らが言い出したら警戒したほうがいい。それは彼らに具体的な政策や対応策が希薄であり、また、具体的な政策や対応策を考慮する精神に欠けていることを示す。例えば、懸念されている医療崩壊だ。

 20年前半の感染拡大を日本はなんとか乗り切ったが、欧米や南米、インドなど世界では感染爆発が続いていた。世界からウイルスが姿を消してはいないので、いずれ日本でも何度目かの感染拡大が起こる可能性は高かった。その場合、1日に数万人規模の感染者が確認され、100人単位の重症者が毎日出ることを最悪の事態と想定すれば、既存の医療体制では対応できないことは明らかだった。

 エピデミックに対応するためには人口が多い都市部に「野戦病院」をいつでも設置できるように準備しておくことが、医療崩壊を防ぐ助けになる。そのための法整備、用地や人員確保、支援体制構築などを準備する時間は日本政府にも自治体にも十分にあった。第1波の時に中国は武漢に「野戦病院」を即座に用意し、米NYはセントラルパークに設営した。

 感染者や重傷者が大幅に増え、救急医療体制は限界に達し、救急車は患者の受け入れ病院を探すことに苦しみ、民間病院は外来受診の制限で売り上げ減に直面する。新型コロナウイルスの治療に特化した「野戦病院」を主要都市にいつでも構築できるようにしておけば、今回の感染者の大幅増加にも政府や自治体は“浮き足立たずに”対応できたのではないか。

 政府や自治体への信頼が希薄な社会では、強制されなければ人々は協力しようとはしないだろう。日本では政府や自治体の強制力は限られるので、政府や自治体は人々を説得しなければならない。だが、精神論では人々をある程度は鼓舞できても、政府や自治体の言うことに簡単には従わない人々を説得することはできない。説得して行動変容を促すためには精神論に頼ることは逆効果にもなり得る。

 人々を説得することが日本の政治では軽んじられている。オバマ氏ほどではなくとも、人々を揺り動かすような演説の名手が日本の政治家に見当たらなくなって久しく、一方で精神論を振りかざす人物は珍しくない。政府や自治体の政治家が精神論に頼って、このパンデミックの日本襲来にどれほど対応できるか結果は目に見えている。