望潮亭通信

無常なる世界を見るは楽しかり

客観性が欠如

 成分表示の表記には記載されていない怪しげな何かを含む食品を、数十年も販売していた食品会社があった。以前から疑惑が指摘されていたのだが、その食品会社は否定し続けていた。食品の偽装表示などで成分表示に対する世間の目が厳しくなったので、その食品会社はやっと、成分表示が誤っていたことを認めた。



 その食品会社は、社員で構成した調査チームをつくり、問題があったのに、どうして数十年も正されなかったのかを検証し、報告書を発表した。報告書では、怪しげな何かが数十年前から食品に入っていたことを認めたが、当時の知見では明確に判別できなかったとし、「当時は他社でも同じような混入があった」と書くことを忘れなかった。



 さらに報告書では、表示の担当者が、成分表示にはない怪しげな何かが含まれていることを最近になって気付いたとし、怪しげな何かが含まれていることを知っていた人間は他にいなかったとした。疑惑が以前から指摘されていたが会社として対応しなかったことに関する説明は報告書にはなく、成分表示の法規制が緩やかであることが混乱を生じさせていると問題提起した。



 この報告書を、新聞社など報道各社は批判した。怪しげな何かが含まれていたことを認めたことは当然だと評したが、疑惑が指摘されながら数十年も黙り続けてきたことや、気付いた社員がいなかったということなどに疑問を投げかけ、さらに、法規制に論点をすり替えようとしていると指摘した。



 以上は架空の話だが、不祥事を起こした会社や組織が、問題点や関係した社員を、内部の人間だけで調査した調査報告を公表した場合、その調査・検証に客観性があると受け止められることはまずないだろう。反対に、会社に都合が悪いことは隠しているのじゃないか、社内の関係者には手心を加えた質問をして体裁を繕っただけじゃないか、最初に結論を決めて、それに沿った調査をしただけじゃないか等の疑念を持たれるだろう。



 企業が不祥事で失った信用を回復するには、問題点を厳しく調査・検証して、同様の不祥事が二度と起こらないように対策を講じるとともに、それを社会から見えるカタチにする必要がある。会社から独立した調査委員会による検証は、企業が社会的信用を回復する第一ステップであり、ウミを出し切らなければ問題が再発することもあり得よう。



 不祥事を起こした企業が、独立した調査委員会を設置せず、実態解明に消極的だったりすると、報道各社はその企業を「自浄能力が乏しい」「隠蔽体質だ」「仲間内でかばい合っている」などと批判する。その批判は正しい。不祥事が長年隠蔽されていた企業や、問題を知りながら解決に長年動かなかった企業には組織的な欠陥があるはずだ。



 新聞記事は大きな社会的影響力を持っている。怪しげな何かが含まれていた新聞記事を流していた新聞社が為すべきことは、独立した調査・検証委員会を設置すること。そして、客観性を有する報告書を公表すること。だが、朝日新聞社の32年経っての「記事取り消し」で他の新聞社は、独立した調査委員会の設置について触れない。



 記事の客観性を第三者が検証することは他の新聞社にも現実的な課題だから、各社は朝日批判に止めたいのだろうが、新聞社から独立した常設の記事検証機関を設置するぐらいをしなければ、今後、新聞自体の信用度が低下して行くことを防ぐことはできないだろう。