望潮亭通信

無常なる世界を見るは楽しかり

季節を告げる虫

 日本各地での桜の開花日を気象庁が“決めている”ことは、余計なお世話にみえる。自然の移り変わりを気象庁が「桜が開花した」「梅雨入りした」「鶯が初鳴きした」などと宣言するのは、おこがましい。でも、近場の観光地での開花宣言を知ると、「そうか。観に出掛けるか」などと外出する切っ掛けになっていたりするから、無意味ではなさそうだ。



 気象庁は桜のほかにも、いろいろな生物で季節の移り変わりを調べている。植物では桜、梅、紫陽花の開花日や楓、銀杏の紅(黄)葉日、鶯やアブラゼミの初鳴き日、燕や蛍、モンシロチョウの初見日などを全国で観測、記録し、そのデータは、「鶯の初鳴日の等期日線図」「楓の紅葉日の等期日線図」「蛍の初見日の等期日線図」などとして公開されており、そうしたデータの蓄積は気候変化を示していたりもする。



 桜なら、どこかで開花宣言が始まるとマスコミは連日のように「今日は、○×でも開花しました」などと熱心に報じるのだが、ほかの“指標”についてはほとんど報じない。秋になると紅葉前線が日本列島を南下するのだが、北海道の大雪山の紅葉を、紅葉の始まりとして最初に伝える程度だ。やはり桜が特別なのか、春の訪れを待ち望む人が多いからか。



 四季がある日本では、季節の移り変わりを告げる生物も多い。春を告げるものでは椿や山吹、ツツジフキノトウ福寿草タンポポ、菜の花、蛙、ヒバリ、アゲハなど。夏を告げるものではニイニイゼミ、ヒグラシ、シオカラトンボホトトギスなど。秋を告げるものでススキ、ヤマハギ、バッタ、コオロギ、キリギリス、モズ、メジロなど。生物にとって厳しい季節である冬の訪れを告げる代表は、北からやってくる渡り鳥たちだ。



 冬の訪れや降雪が近いことを知らせる虫もいる。白い小さな虫で、ふわふわと風に流されているだけのような動きをし、ちらちらと雪が降り始めたかのような印象を与える虫だ。北国では初雪の2、3週間前ぐらいに現れるのだから、季節を伝える虫だ。全国ニュースの天気予報でも「札幌で雪虫が飛び始めました」などとキャスターが言ったりするので、名前だけは知られているかもしれない。



 この雪虫の正体は、綿状の白い物質を身にまとったアブラムシの仲間。雪虫という名前はロマンチックな響きがあるが、実は奇妙な虫だ。ヤチダモで5月にメスが単為生殖で多くのメスを産む。7月にトドマツに移動して単為生殖を重ね、世代交代を繰り返しながら夏を過ごす。10月に羽根をつけてヤチダモに移る様子が、雪虫。ヤチダモに着いたメスは幹にオスとメスの幼虫を産みつけ、それらが交尾して1個の卵を産み、その卵が越冬する。春に孵化した子は全てメスになる。



 ふわふわと空中を漂う雪虫が、単為生殖で世代交代しながら夏を過ごし、有性生殖で卵を産んで越冬するという生存方法を身につけたのは、北国の冬が昆虫にとって厳しいからか。他にも同様の生き方をする虫がいるのかどうか知らないが、季節の移り変わりが生き物にとって、時には酷なものであることを想像させる。