望潮亭通信

無常なる世界を見るは楽しかり

危機感に温度差

 「国連の気候変動に関する政府間パネル」(IPCC)は2014年に発表した統合報告書で、地球温暖化の深刻な悪影響を避けるために、温室効果ガスの排出量を2050年までに10年比で40~70%削減し、今世紀末に排出量をほぼゼロにする必要があるとした。



 今世紀末までの気温上昇を2度未満に抑えるためには、産業革命以降の世界全体のCO2累積排出量を約2兆9000億トンに抑える必要があるが、すでに約1兆9000億トンを排出しており、人類に許されるCO2排出量は残り1兆トンとする。現在のペースで排出が続けば、あと30年で限界を超えるという厳しい見通しを示した。



 さあ大変だということで新聞各紙は社説で危機感を煽ってみせた。曰く「温暖化が進めば、食料や水資源の不足など、人々の生活に深刻な影響が及ぶ」「足踏みする日本を横目に世界は動き始めている」「すでに豪雨や干ばつなど気象災害が世界で頻発」「対策の道筋は困難だが、遅らせるほどコストもかさむ」「ハリケーンの巨大化など異常気象が世界中で深刻」などと大変さをアピール。真面目に受け止める読者は、つい浮き足立ちそうだな。



 さらに統合報告書は「高いハードルを課し、各国に積極的な取り組みを促した」とし、EUは「新枠組みの議論でも主導権を握るため、他国に先駆けて高い目標を打ち出した」一方、「温暖化は経済にも甚大な被害をもたらすが、裏を返せば巨大なビジネスチャンスになる。時代は変わり始めている」として前向きな対応を促す。



 各紙の社説は日本について「東日本大震災以降、日本では温暖化対策が停滞してきた。環境先進国にふさわしい目標と戦略を再構築すべき時にきている」「正念場を迎える国際交渉で日本は出遅れている」「六月の検証会合で批判が集中し、大きな流れに取り残される」と憂慮する。「非現実的な目標を設定するのは避けるべきだ」「日本の排出量は世界全体の4%に満たない」と冷静な社説は一紙だけ。



 これらの社説は、IPCCの報告という「権威」を前面に出し、温暖化による気候変動の脅威を列挙し、読者に危機感を抱かせ、EUは率先して動き出したのだから、日本も“世界”に遅れることがないように対策をしろと提言する。世界の大気は一体のものであるから、世界のCO2排出量の4割を占める中国と米国が実際に大幅削減を行わなければ、日本がいくら削減しても無意味であることにはあまり触れない。



 奇妙なのは、危機感に“温度差”があること。産業革命以来の累積で1兆9000億トン排出されたというCO2による温暖化作用により「気象災害が世界で頻発」しているのが現実なら、悠長に「残り1兆トンの排出を抑制」することを議論している場合じゃないだろう。IPCCは各国政府に即座のCO2大幅削減を求め、温暖化による気象災害への具体的対策を国際的に直ちに検討するよう警告すべきだ。



 だがIPCCは、今世紀末までにCO2排出量をゼロにしましょうと提言するだけ。これは、1)現在の気象災害はまだ許容範囲と見ている、2)具体的な対策は学者の責任範囲外と考えている、3)実効的なCO2削減は望めないが、提言だけは行った……いずれにしても、温暖化による気象災害なるものに現実的な危機感はあまり持っていないようだ。