望潮亭通信

無常なる世界を見るは楽しかり

治山治水

 中国の南部、長江(揚子江)流域など広域で6月から記録的な豪雨が続き、本土31省のうち27省に洪水などの被害が及んだという。被災者は3800万人、1500万人以上が避難を強いられ、約3万棟の家屋が倒壊などの被害を受け、約350万haの農地に影響が及んでいるという。長江流域では平均雨量が過去60年で最多になったと報じられた。

 長江の中下流や散在する湖などで水位の上昇が続き、400以上の河川で水位が警戒ラインを超し、観測史上最高水位となった河川は数十で、氾濫した河川も多いという。江西省にある中国最大の淡水湖の鄱陽湖でも最高水位が記録され、流れ込む河川が多く、増水した長江からも逆流するので鄱陽湖の水位の上昇は今後も続いて水没範囲が拡大すると見られている。

 長江の中流にある三峡ダムは世界最大ともされる巨大ダムだ。記録的な豪雨の時こそ治水効果を発揮し、人々に安心感を与えることが求められるはずだが、放水量は減らしたというのに三峡ダム下流地域では増水が続き、その治水効果に疑いの目が向けられている。さらには大量の増水に三峡ダムが耐えることができるのかという疑念や、三峡ダムが部分的に歪んだことが不安を呼び、崩壊説さえささやかれているとか。

 中国や日本など世界各国で毎年、集中豪雨による洪水や土砂崩れ、崖崩れなどで多くの人々が被災している。集中豪雨が増えたり雨量が増えたのは「温暖化のせい」と納得する人々も多いようだが、温暖化が降水量の増加をもたらすメカニズムについて具体的に理解している気配は希薄で、何となく温暖化と結びつけて納得している様子は科学的とは言えない態度だ。温暖化を持ち出せば思考停止になる人々……不思議な光景だ。

 治山治水は国の基という言葉がある。山も水(河川)も個人の手に負えない対象だから、山を治め水を治めることは権力者の責務になる。山を治めるためには森林伐採の規制や植林、地盤の強化や保護、地滑りや土砂流出防止の土留めなどが必要で、水を治めるためには堤防の整備、分水路の新設など水路整備、ダム建設、貯水池や遊水池の新設などが行われる。自然に立ち向かうには個人は無力だから、国家などの出番とならざるを得ない。

 しかし、現代では国家予算の支出は厳しく監視される仕組みで、道路や公共施設の整備や新設、産業振興などに比較して即座に「恩恵」が見えにくい治山治水に投じられる国費は限定的だ。洪水や山崩れなどで被災したあとに人々は治山治水対策の増強を求めるが、平穏な日常が続くと人々は無関心になるとも見える。さらに、全国の山や河川で災害を起こす可能性がある個所は膨大に存在するだろうから、限られた治山治水予算では「災害に強い国土」の実現は簡単ではない。

 現在の国家はどこも災害に脆弱に見える。それを人々に納得させるためには、温暖化によって自然災害が頻発し、規模が大きくなったという説明が便利だ。温暖化で自然災害が頻発するなら、治山治水対策に各国はもっと積極的にならなければならないだろうが、目立った動きは聞こえてこない。自然災害に「無力」な国家を見て人々は、「治山治水は国の基」は遠くなりきと嘆くのみか。