望潮亭通信

無常なる世界を見るは楽しかり

出汁と旨味

 日本では肉を生で食べる習慣はなかったそうだが、今では珍しくなくなった。魚を生で食べる習慣があるので、その影響なのかもしれないし、レアでステーキを食べる欧米の影響かもしれない。さらにはレバーなどの内臓も生で食べるようになって食中毒が発生、とうとう法で規制されるようになった。

 日本で肉を生で食べるようになったのと同様、欧米でも魚を生で食べるようになった。生で食べるには、魚でも肉でも、細菌や寄生虫、腐敗など衛生管理に注意しなければならないが、そうした配慮が定着するには時間がかかる。生で食べる各々の食習慣の伝統の中で衛生管理の知識は、多くの食中毒の歴史を積み重ねつつ、築かれてきたのだろう。

 日本でも肉の生食を好む人が現れたのは、味覚が変化して生の肉の味に開眼したというよりも、生の肉という“新しい”食材を試してみたからだ。食習慣には保守的な傾向があるので味覚も保守的と見なされやすいが、主食はともかく、様々な加工食品が世界に広がっている現状をみると、新しい味を受容するハードルは低い。美味しいと感じれば何でも受け入れるということだ。

 ただ、味覚では個人差が大きい。同じものを食べても、うまいと言う人もあれば、それほどでもないと言う人もいるし、この味は嫌いだと言う人もいる。さらに、例えば「甘い」という感覚は幅広く、口に入れてすぐに感じる甘さもあれば、噛むことによって出て来る甘さもあり、ほのかな甘さから強い甘さまで多彩だ。さらに、同じ甘さを感じていたとしても、それを心地よいと感じるかは個人次第。

 味覚の世界は無限に広がりそうだが、基本となるのは、甘味、酸味、塩味、苦味、旨味の5つだという。これらの基本味の組み合わせで味の世界が広がる。果物は甘いし、檸檬は酸っぱい、干物は塩っぱく、サンマの腸や山菜には苦味があるなど食材はそれぞれの味を持つが、 甘味は砂糖で、酸味は酢で、塩味は塩で手っ取り早くつくることができる。苦味のための調味料はないが。

 昆布や鰹節、煮干しを使って出汁をとるなど旨味の存在は日本では昔から知られていたが、旨味が基本味として国際的に認知されるようになったのは最近だという。欧米では、甘味、酸味、塩味などの組み合わせで旨味が形成されると認識されていたが、単独の味覚として旨味が存在することが立証され、旨味を活用する日本の調理法への関心が高まっているという。

 欧米が旨味を利用してこなかったのではない。肉や魚介からはイノシン酸、トマトやチーズなどからはグルタミン酸を引き出し、美味しく食べていた。ただ昆布など食材から旨味を引き出して利用するという発想も調理法もなかっただけだ。旨味があることには気づかなかったが、食事の旨さは楽しんでいた。4つの基本味に旨味がプラスされた味の世界には境界はない。