望潮亭通信

無常なる世界を見るは楽しかり

PCR検査と安心

 空港や営業を再開した商業施設の入り口などで体温測定を行っている様子がニュース映像などで放映されるが、使用されている体温計はほとんどが非接触式だ。対象になる人数が多いので、瞬時に測定できることと衛生的なことから採用されているのだろう。

 非接触式は額など人体から放出される赤外線量を計測して体温を計算する。体温は場所により違いがあり、体の中心ほど高く安定している。この中心部の温度を直接測定することは難しいので脇、口、耳など体内により近い場所が測定に使われてきた。非接触式はスピーディーに多くの人の体表温度を測るものだが精度に限界があり、正確な体温を知るには通常の体温計で測定することが必要だ。

 PCR検査の実施数が日本では諸外国に比べ大幅に少ないことから、「もっと増やせ」という声が高まる一方、各地の自治体や医師会が独自に実施する体制を整え始めた。新型コロナウイルスの「恐怖」がマスコミで連日伝えられ、怯えた人々が感染していないとの安心を求めてPCR検査を受けたがっていて、もっと誰でも検査を受けられるようにと要求しているように見える。

 PCR検査の社会的な目的は感染者を見つけ出すことだ。判明した感染者を隔離して感染拡大を抑制するために各国はPCR検査数を増やす。日本は感染者の急増による医療機関への負担増大を抑制するためにPCR検査数の大幅増加を避けたという。新型コロナウイルスの感染性が世界で同レベルだとすると、日本がPCR検査を大幅に増やしていたら、現在のロシアのように10万人単位の感染者が見つかっていたかもしれない。

 個人にとってPCR検査の目的は、自分の感染の有無を知ることだ。発熱が続くなど何らかの自覚症状がある人ならPCR検査で感染が判明した後に適切な治療を受けることを望むだろう。一方、不安に駆られて感染者ではないことの確認や証明のためにPCR検査を受けることを望む人がいるというが、これは個人の精神的な安定のためのPCR検査だ。

 だがPCR検査で陰性となっても、それで得られる安心は限定的だ。検査した日に陰性だったとしても翌日に感染する可能性はある。陰性であるという検査結果だったとしても、それは検体を採取した時点の感染状況を示すものでしかない。検体を採取して検査結果が出るまでに数時間かかるが、結果が出るまでの数時間に感染する可能性もあり、結果は陰性と知った時に実は感染していた人がいるかもしれない。

 PCR検査には感度の問題があり、検査数を増やせば増やすほど偽陰性の人が増える。PCR検査は人々の感染状況を大まかに知るための検査で、非接触式体温計よりも精度は低い。だが人々は、非接触式体温計で正確な体温が計測できPCR検査で正確に個人と社会的な感染状況が知ることができると早合点する。検査で安心を得ようとしすぎると、検査を過信してしまう。