望潮亭通信

無常なる世界を見るは楽しかり

議会との距離感

 法律など社会に適用される規則は、選挙で選ばれた議員が議会で審議して決定するというのが民主主義の基本だ。だが、議会で決めた規則が人々の意向、利害と常に一致しているとは限らないから、人々は議会を監視し、時には議員に人々の意向を知らしめるように働きかけることが必要になったりする。

 だが、議会といっても一つだけではない。市町村ごとに議会があり、都道府県ごとに議会があり、さらに国会がある。だから、ある地域の人々が意向、利害などを議会の審議に反映させようとしても、市町村の議会なら働きかけた効果が出やすいだろうが、都道府県の議会、国会と進むにつれて、議員を選び出す地域の面積が拡大し、特定の地域だけの意向、利害を議会の決定に反映させることは簡単ではなくなる。

 国レベルの議会の先にさらに、複数の国が形成する超国家的な議会があるなら、ある地域の意向、利害を反映させることはかなり難しいだろう。そうした議会は地域の意向からは遠ざかる。特定の地域の利害などにとらわれない理念が先行する議論を行い、普遍的な価値観に基づく規則を制定する傾向があるだろう。地域性は特殊性でもあり、議会が地域から離れるにつれて、特殊性より普遍性が説得力を持つ。

 欧州議会は、5年ごとの直接選挙でEU加盟各国から選ばれた計751人の議員で構成される。EUの法律は、欧州委員会(加盟28国から指名された委員28人で構成するEUの行政機関)が原案を提示し、EU理事会(加盟国の閣僚が集う。加盟国の首相・大統領が集うのは欧州理事会)と欧州議会が検討・審議して策定されるという。ある国のある地域がその意向、利害を欧州議会に反映させることは簡単ではないだろう。

 こうしてEUは、域内の人の移動を自由にし、関税を撤廃して単一市場を実現し、食品の安全などで厳格な基準を決め、廃棄物処理などで厳しい規則を導入し、EU法で差別を禁じ、単一通貨ユーロを導入し、農業者の所得を保障する共通農業政策を実施し、警察や裁判所などの協力体制を築き、犯罪に対応するとともに民事問題についても域内での法的解決を容易にした。

 EUが域内の人々を、単一国家の束縛から解放して自由を拡大させただけなら目出たいのだろうが、官僚機構は肥大するもの。やがて、“君臨”するようにも見えて来たなら人々との距離感は隔たるばかりだろう。EUの定めた規則が、ある国のある地域の人々の意向、利害に反していても我慢するしかないとなれば、そうした超国家的な存在の弊害ばかりが目につこう。

 主権者の意向、利害などが反映されにくくなった議会に対して、人々は興味を失う(地方議会選挙における低い投票率)か、不満や怒りを投票で示す(国政選挙における政権交代)。欧州議会選挙の投票率は40%台前半と低く、各国から議員が選出されるため1国や1地域の不満や怒りは埋没するので、人々は議会に対して影響力を行使し難い。

 人々が距離感を感じる議会や機構が、生活に関わる様々なことを決めている状況を人々は、押しつけと感じるだろう。民主主義を信じる人々ほど、そうした状況を正当とは考えまい。直接民主主義的な国民投票という形で、距離感を感じる議会や機構からの離脱を人々が決めたことには民主主義的な正当性がある。その結果の是非は別として。