望潮亭通信

無常なる世界を見るは楽しかり

ISが提起したもの

 イスラム国(IS)関連の報道がめっきり減った。2014年には、シリアとイラクにかけて広大なカリフ制国家の樹立を宣言し、残虐な処刑シーンなどをネットで公開して世界中から戦闘員を集めて勢力を拡大させたものの、米軍の支援を受けた武装勢力などの反撃が本格化し、2017年には相次いで拠点を失った。

 ISはこのまま消えて行くのか、世界のどこかに移って戦い続けるのか、テロリストの緩やかなネットワークなどと形態を変えて「ブランド」を残すのか定かではない。ただ、中東の武装勢力の一つにすぎないISが、米国やロシアを動かすなど世界的な影響力を持った存在に一時は成長したことは確かだ。

 勢力を拡大したISが欧米に排除されたのは、第一にイラクやシリアなど既存の国境を否定したことだ。それは中東における欧米主導の秩序を覆し、再構築することを意味する。イラクやシリアの解体が現実となれば、植民地支配の時代から続く欧州の影響力の排除につながっただろう。

 第二に、ISはインターネットを使ってプロパガンダを活発化し、世界の人々に戦列に加わることを呼びかけ、それを受けて少なからぬ人々がISに加わるために欧州などから中東に向かい、あるいは欧州でテロを決行した。つまりISは戦線を中東だけに留めず、欧州などに拡大した(欧州などを巻きこんだ)。

 第三に、ISはイスラムを前面に出し、特定国内の反政府活動にとどまらず地域性や民族性などを希薄化させ、新しい組織イメージを喚起した。各地の個別テログループがそれぞれに唱えるだけだったジハード思想を共有させ、反欧米のイスラム統一戦線めいたものの構築へ種を蒔く可能性があった。

 このまま消えたとしてもISが新たな概念を提起したことは確かだ。アラブ世界やイスラム世界に広がる武装闘争の原理めいたものを、現実的な形態で示して見せた。個別の国家や政府への武装闘争はそれぞれに正当性を持つだろうが、広い連帯には制約がある。ISの提起は、国境などにとらわれない新たな闘争原理の端緒になるものかもしれない。

 現実にはISの支配地における残虐性が暴かれ、アラブ世界でもISの影響力は限定的なものであろうが、ISの提起したものも全否定されるかどうかは不明だ。ISの「失敗」を踏まえ、アラブ世界やイスラム世界における広範な武装闘争の論理が新たな武装勢力によって唱えられる日が来る可能性はある。